日本の幻の高速鉄道計画



日本の幻の高速鉄道計画

新幹線への活用

弾丸列車計画では、当時の東海道本線や山陽本線では、輸送需要に余裕があり、逼迫した状況でなかったという事も、計画を無理にでも進めず、中止になった背景と言えます。ただ弾丸列車計画は、すべてが無駄になったわけではなく、一部その後の新幹線開通に役立っています。

弾丸列車計画では、中止になるまでに、新丹那トンネル・日本坂トンネル・東山トンネルと、すでに3つのトンネルが掘られ貫通していました。これらのトンネルは、長らく放置されますが、新幹線開通時には、新幹線用のトンネルとして活用されます。またすでに買収済みの用地は、試運転のための線路をいち早く造ることができました。このために、高度成長期で買収が難しいと予想させる土地がすでに購入済みで使えたこと、トンネルをそのまま使えたことなど、新幹線の全体工事の工期を、短くすることに弾丸列車計画は役立ちました。

その一方で新幹線に対しては、デメリットも生みました。弾丸列車計画で建造された、新丹那トンネルから熱海駅近くまでの線形は、最小曲線半径が1500mとなっており、新幹線が時速300km以上で走るには、難しい区間となっているのです。計画当時は、列車が300km以上で走ることを想定していなかったために、このような狭い経の路線が造られたのです。